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ライフサイエンス インタビュー⑦

より効果の高いワクチンへの手がかりを求め
インフルエンザウイルスの抗原変化を追う

株式会社リチェルカクリニカ
池松 秀之 先生

世界で流行しているインフルエンザウイルスの遺伝子がデータベース化されつつある近年、それらの膨大なデータを解析し、将来の変異を予測しようという研究が始まっています。本インタビューでは、最先端の研究に取り組まれている先生に、ご研究内容についてお話を伺います。

◆先生のご研究について、簡単に教えていただけますか

 主要な研究としては、インフルエンザウイルス感染症の実態と抗インフルエンザ薬の臨床的な効果について研究をしています。さらに、抗インフルエンザ薬に対するするウイルスの感受性の変化や、本来有効であるはずの抗インフルエンザウイルス阻害薬が効かない、効きにくいといった性質を持つ耐性ウイルスがどのようなメカニズムで出現するのかということを調べています。さらに、最近は、インフルエンザに対するワクチンの効果が十分でないと広く認識される中、その原因の一つとして毎年流行するインフルエンザウイルスがその抗原性を年々変化させることが原因の一つだと考えられています。そこで、実際に流行したインフルエンザウイルスがどれくらいワクチン株と異なっているかを調べ、その変異情報から新たなワクチンを作るための手がかりを得たいと考えています。

◆先生がご自身の研究テーマを選ばれた経緯を教えてください

 インフルエンザワクチンについては以前から、高齢者に対するワクチンの効果について研究していました。また、1994年からは、抗インフルエンザ薬であるノイラミニダーゼ阻害薬の開発治験に携わってきました。それから、臨床の現場において、実際に抗インフルエンザ薬を使った時の効果を継続的に観察してきたという経緯があります。

◆インフルエンザウイルス遺伝子の研究を進めるにあたって、先生独自のアプローチ方法を教えてください。

 インフルエンザウイルスの流行は毎年繰り返されており、健康を考える上で大きな社会問題となっています。インフルエンザウイルスはその抗原性を変化させることにより、人間の免疫機構を逃れることで、流行を繰り返すと考えられています。そこで、塩基配列を用いて系統樹を推定することで、インフルエンザウイルスの進化が検討されてきました。近年は、NGS(次世代シーケンサー)の出現により、非常に多くの塩基配列を短時間で決定できるようになってきています。このようなNGSによるシーケンスを用いて、実際の患者から分離されたウイルスである臨床株を数多く解析することで、何が起こっているのかをまず調べています。さらに、インフルエンザウイルスとワクチン株との間にどのような違いがあるのかを調べ、その違いがワクチンの効果にどのような影響を及ぼしているのかをつきとめようとしています。将来的には、バイオインフォマティクスの技術を使うことにより、インフルエンザウイルスの経年進化の過程に法則性を見つけることができれば、これから流行する未来のウイルスの抗原性を予測することができるようになるのではないかと考えています。ウイルスがどのような変化をしていくかという法則性を見つけることを課題の一つとして研究を進めています。

◆今後ご研究内容を産業界に応用することもお考えでしょうか

 インフルエンザウイルスの抗原性の変化が、ワクチンの効果に影響を及ぼすことがわかれば、次世代のワクチンへの応用もあり得ると考えています。つまり、インフルエンザウイルスの抗原性の変化を調べることが、ワクチン株の選択などに有用であり、新たなワクチンをデザインするといった場面で考慮すべき点であるということが今後わかってくれば、インフルエンザワクチンの領域で仕事をする人達とも一緒に研究をしていく可能性もあります。

 

 

<インフルエンザウイルスの配列で見られた変異の様子>
赤い四角で囲った部分が、インフルエンザワクチン株となったウイルスのゲノム配列。
一部の患者から分離されたウイルスにはワクチン株からの変化が見られる。

◆バイオインフォマティクスの技術を活用しながら研究を進めるうえで、難しいことはありますか

 まず、ゲノムのシーケンシングからは大量の塩基配列データがでてきますが、そのデータを整理するのに時間と手間がかかってしまうことが難点となっています。また、特に次世代セーケンサーのシーケンスデータは大量であり、生のデータがそのまま解析に用いることのできる状態になっているというわけではありません。適切なクリーニングの作業が必要であるという点が難点であると言えます。これらの問題は我々だけの力だけでは対応しきれないので、アメリエフのようなデータ解析の会社に手伝ってもらわないと、研究が先に進みにくいという状況にあります。さらに、インフルエンザウイルスは一つの個体内でも変異をきたすので、変異は一種類とは限らず、一人の患者から多様なウイルスのポピュレーション解析や、バリエーション解析までもが自動でなされるような状況になってくれば良いのではないかと思います。シークエンスの過程で生じたノイズと実際に生物学的に意味があるバリエーションが区別できるようになりたい、いや、むしろならないといけないですね。検体を入れたらシーケンスの結果の分析が自動でなされるようになってくることが夢ですね。

◆今後ワクチンの有効性向上にバイオインフォマティクスがどのように寄与していける可能性があるとお考えですか

 今のところはまだ、インフルエンザワクチンを打ったにもかかわらず感染することがあり得るという状況にあります。そこにいったい何が起こっているのか、そのメカニズムはどのようなものになっているのか。具体的に言うと、ワクチンと関連のある変化と、ワクチンとは関係のないウイルスの変化がどのような状況になっているのかをバイオインフォマティクスの力を借りつつ、細かく見ていく必要があると考えています。現状、残念ながらまだ何もわかっていない状態に近いといえます。ですから、まずウイルス側の変化を正確に捉えることから始め、それがわかったうえで、ワクチンを打った後に生体に惹起される免疫応答を見ていくことが次のステップなのだろうと考えています。

◆先生がご研究に取り組まれる際のモチベーションはどのようなものなのでしょうか

 現在、インフルエンザワクチンを打ってもインフルエンザに罹る人はたくさんいるので、まずこれをどうにかしなければなりません。この現状を改善したいというのが研究を進める上での最大のモチベーションになっています。本来、ワクチンを打ってしまえば、ほとんど罹らないようなワクチンが理想的だと言えます。ワクチンを接種しても罹るかもしれないと言わなければならないのが心苦しいです。他の多くのワクチンは有効率が非常に高いのです。
 例えば、ワクチンの最大の成功例である天然痘の事例では、この感染症を地球上から排除することができました。インフルエンザウイルスの場合は、人間以外の哺乳類にも感染を起こしてきたため、その変異のバリエーションが非常に多様で、地上から排除することは不可能だと思われますが、人間における被害を最小化するためのインフルエンザワクチンの改良にはまだまだ余地が残っています。インフルエンザワクチンが効かない原因が本当にウイルスの抗原性の変化だけで説明できるのかどうかをまずはっきりさせたいです。そのようなアプローチで研究していますが、研究はまだ始まったばかりだと言えます。

◆先生が今後アメリエフのようなデータ解析の会社に期待することはありますか

 私たちアカデミア側の意図をうまく理解してもらった上で、最適な解析をしてもらいたいと思っています。さらに、新たな視点、私たちにない視点で気づいたことを教えてくれるともっとうれしいです。例えば、ほかのこんな研究で似たことが起こっているなど、我々が知らない視点や情報を持ち込んでいただけるとうれしいですし、とても有益だとおもいます。これからの若手研究者が、感染症の研究手法としてウイルスなどの遺伝子解析の経験を持ち、この領域の研究が今後発展していくことを期待しています。

インタビュー:2017年03月