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ライフサイエンス インタビュー④

細胞の運命を理解するー「iPS細胞のおかげで見つかった」という未来を

京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
未来生命科学開拓部門
渡辺 亮 先生

iPS細胞作製に成功してから10年目を迎えた今、その実用化に向けて様々な研究がなされています。本インタビューでは、アメリエフがご研究をお手伝いさせていただいた先生に、ご研究内容についてお話を伺います。

◆先生のご研究について、簡単にご紹介いただけますか

 大きく分けると二つの柱があります。一つ目は、iPS細胞がもつ安全性の評価です。がんのCNVコールや変異検出など、既存の検出方法の組み合わせではなく、iPS細胞に最適化されたCNV(コピー数多型)コールとはなにか、というこれからの安全性の評価について研究しています。二つ目は、細胞の運命を決めるメカニズムを明らかにするシングルセル遺伝子発現解析です。iPS細胞は何にでも分化するので、iPS細胞から肝臓の細胞や神経細胞を作る際に、必ず予期せぬ細胞ができてしまいます。そういった予期せぬ細胞が持つ性質について解明するため、シングルセルテクノロジーを使ったトランスクリプトーム解析による細胞の評価、つまり専門用語でいうと細胞の運命を決定する研究を行っています。

◆この研究テーマを選ばれたきっかけを教えてください

 前者の安全性評価の研究は、具体的にiPS細胞研究所(CiRA)が求めている重要なテーマであることが一つ。もう一つは、がんのゲノム安定性のような評価は世の中で結構研究されていますが、iPS細胞における研究はほとんどされていないため、それを我々がやっていかなければという義務を感じています。
 後者のシングルセル遺伝子発現解析に関しては、我々の基礎研究のテーマとして細胞運命の決定というところに非常に興味があります。たとえば、神経細胞と肝臓の細胞の違いは簡単にわかりますが、実は血管と心臓は細胞としては途中まで細胞分化の過程が同じなのです。それがある段階で二つの全く違う細胞になる。その分かれ目はなんだろう、という疑問が出てきます。

◆細胞運命の理解を進めるうえで、特に発生やがんに注力されていると伺いましたが、そこにはどのような関連性がありますか

 iPS細胞研究所で研究を始める前はがん研究に取り組んでおり、がん細胞を使って解析を行い、がん細胞の特徴や効果のある薬はどのようなものか研究していました。けれども、それらを探る中で、本当にがんを叩こうと思ったら、がんになる瞬間を叩かないといけないことに気づきました。つまり、正常細胞を理解しないかぎりは、そこから出てくるがんを理解できないため、正常細胞を研究するに至りました。正常になるのか、がん細胞になるのか、その細胞が運命を持っているわけですよね。その運命を理解する、ということです。
 それを解明するにはシングルセルの解析が必要だと思っていた矢先に、シングルセルの実験的な技術にアクセスできるチャンスがあったので、我々の研究室の主力をシングルセルに向かわせた、という経緯があります。

◆あるシングルセルを解析するとその細胞の次の運命は潰してしまっているのでわからなくなるジレンマがありますね

 まさにその通りです。だからインフォマティクス(情報科学)の力が非常に重要なのです。そこはあたかもその細胞は次に何になったかということを実験的に見なくても、インフォマティクス的に、その細胞の直前までの状態を予測できます。それが我々の研究テーマの一番コアなエンジンになっています。

◆シングルセル遺伝子発現解析は、どこの研究機関でも行えるわけではないと思うのですが、CiRAとしてはもともとフォーカスしていたということですか

 むしろ、我々の研究室が率先してこの領域に注目し、シングルセル遺伝子発現解析を導入しました。その後、様々な分野でシングルセル遺伝子発現解析に注目が集まり始めたこともあり、CiRA内の他チームも一緒に取り組んでいます。また、他の研究機関でも、特に細胞運命の決定というテーマでシングルセル遺伝子発現解析をやりたい人と積極的に協力しようとしています。

◆先生の研究室では、チームとしてどのようなことを心がけていますか

京都大学iPS細胞研究所のチームの皆様

 チームの養成という意味では、やはりここのラボ出身の人達が色々なところで活躍するということです。具体的には、インフォマティクスと実験の両方を理解できるバイディレクショナルな人材を出すというのがうちのグループの大きなミッションです。
 グループとしての世の中への役割は、新しい概念を作り出していくことです。それも、ほかの人でも出来るような事ではなく、我々らしい、具体的にはバイディレクショナルな考え方が出来る人間がクリエイティブな試みをすること。そうすると、世の中の人たちに、あっ!シングルセルで解析するとこんな面白いことが出来るんだ、と気づいてもらえます。結果的にシングルセル遺伝子発現解析の世界が盛り上がる。そういったものを常に提供し続けられるグループでありたいです。

◆ご研究の直近の課題について教えてください

 たとえばシングルセルの解析では従来の方法だと1回の実験でおよそ100個のサンプルの遺伝子発現の比較や共通点を見ていました。しかし、最近我々のところでも導入した次世代型のシングルセル遺伝子発現解析を行うと、1回に数千から数万個の細胞に対する、各々数千個のトランスクリプトームの発現データが出てきます。その結果はすごいデータ量なんですね。そういった大量のシングルセルに対して、多くのターゲット遺伝子の解析を行えるような新しいアルゴリズムの開発、また、何をみるべきかなどの解析の考え方について我々がどうしたらいいのかというのが次の課題かなと思っています。

◆今後のバイオインフォマティクスに何を期待されますか

 今までアメリエフがよかった点は、インフォマティクスにあまり触れ合いがなかったところに対して、サービスあるいは教育を提供していることだと思います。それはぜひこれからも続けてもらえれば、業界的には非常に良いと思います。
 一方で、本来はアカデミアでインフォマティクスツールを活用する力を育てるべきところをアメリエフが埋めてくれていると。いままでアメリエフが教育というところで世の中を変えてきたとおもいますが、インフォマティクスがなければ変わらない世の中があると思っています。
 たとえば、バイオロジーのデータは必ずしもシーケンスデータばかりではありません。データを取ったけれども生かされていないところに、そういうデータを掘り起こして世の中に活用していく、あるいは真に世の中に必要な情報とは何かということをアメリエフからアカデミアに提案するようなことです。「イン・シリコではこういうことが出来るんだけれど、こんな実験を僕らのデータ解析と一緒にやったらもっと面白いことができるよ」というような提案を我々がもらって、「そんな考え方があるんだ」と思うような形。インフォマティクスの会社の方が世の中を変えるような提案が出来たらいいですね。

◆iPS細胞がどのように世の中で活用される未来を予想されていますか?

 世間一般では、失われた臓器や機能が失われた臓器にiPS細胞からつくった臓器や細胞を移植するという活用方法が、特に注目されていると思います。そのような世の中も来ると思うのですが、それよりももっと現実的なiPS細胞に出来ることや求められていることがあると思っています。たとえば、薬のスクリーニングのモデルに使うこと。従来のスクリーニング方法をあと10年続けても、恐らく出るものは出きっているので新薬発見の可能性は低い。しかし、iPS細胞、つまり、細胞が変わりゆく過程をつくることができる細胞でスクリーニングをすることで、病気になった瞬間をたたくような、今までにはない薬が出てくるのではないかと思います。
 iPS細胞が主役になり、たとえば網膜の移植や失われた神経を再生するために使えるようになることも当然ですが、それよりも脇役、あまり表には出てこないけれども、「iPS細胞のおかげで見つかった」という未来が実現するのではないでしょうか。

インタビュー:2016年6月