クリニカルシーケンス インタビュー③
検査技師であれば誰でも取り扱えるという「プラットホーム」を作りたい
熊本大学医学部附属病院
中央検査部、輸血・細胞治療部 部長
松井 啓隆 先生
臨床現場での活用を目的としたクリニカルシーケンスを実施される病院や研究施設が増えています。
本インタビューでは、レポートシステムを導入された先生に、ご研究内容とクリニカルシーケンスの取り組みについてお話を伺います。
◆先生のご研究について、簡単にご紹介いただけますか
私の専門は血液内科で、白血病や骨髄異形成症候群といった疾患に興味をもって、造血器腫瘍の分子メカニズムの研究を続けてきました。最近では、疾患関連体細胞遺伝子変異が新たにいくつも検出されており、これらの変異が造血細胞にどのような影響を及ぼすのかについて研究しています。
また、熊本大学の検査部に着任した2015年3月からは、網羅的遺伝子検査の将来性と課題を認識しつつ、精度保証のなされた次世代シーケンサ(NGS)によるクリニカルシーケンス基盤の構築に取り組んでいます。
◆この研究テーマを選ばれたきっかけを教えてください
大学院時代は、浜松医科大学大学院で研究を始めましたが、7、8割の時間は病棟で患者様を診察する仕事で、基礎研究に没頭するというのはなかなか容易でない環境でした。
そこで、環境を変えるためにある一時期臨床を休み、基礎研究に取り組みたいと考えるようになり、2001年に広島大学 原爆放射線医科学研究所へ移りました。広島大学では、造血器腫瘍研究を専門としていた稲葉俊哉教授のご指導のもと、造血細胞のアポトーシス制御をテーマとした解析や、染色体欠損による造血器腫瘍発症のメカニズム解析を続けてきました。こうした背景があり、現在も遺伝子変異が造血細胞を腫瘍化するメカニズムに興味をもって研究を続けています。
◆次世代シーケンサ(NGS)との出会いはどのようなタイミングでしたか
広島大学 原爆放射線医科学研究所勤務中の2009年に、放射線影響研究をNGSで行う目的で、研究所にイルミナ社GAIIxが導入されました。また、同じ時期に研究室にNGS解析経験を持つ金井昭教助教が着任されたことを機に、多くの先生方との共同研究によりエクソーム解析を行う機会を得たことがNGSとの出会いです。
その後、2010年頃に、東京大学医科学研究所の北村俊雄先生の開設された新学術領域の計画班の中で、所属していた研究室が次世代シーケンスを担当する立場になり、主に血液細胞のエピゲノム異常の解析を担当しました。当時、NGSを所有し気軽に使える施設は少なかった中で、大きなテーマの一つであったエピゲノムと血液疾患の解析にもこの時に、携わり始めました。
NGS登場以前のキャピラリーシーケンサの時代には、変異があることが知られている特定の遺伝子しか対象にしてきませんでした。例えば、RUNX1という遺伝子の突然変異が血液腫瘍の原因の一つであるということは、その当時から知られていましたが、単一の遺伝子変異がおきて直ちに血液腫瘍が発症するわけではなく、複数の遺伝子変異が段階的に蓄積していき初めて血液腫瘍になります。原因遺伝子の他にどのような遺伝子の異常が起きて、どういう組み合わせで発症するのかということが分かるようになったのは、NGSが一般化してからです。
また、多くの患者様の検体をシーケンスすることで、頻度は高くないけれども、明らかに腫瘍に関わっている遺伝子が浮かび上がってきたというのも、NGSが一般に使われるようになってからの話しですね。例えば100人シーケンスして、1~2人のその遺伝子に異常があったとしても、それが意味のある変異かどうかはわかりませんでしたが、多くの施設で大規模なシーケンスが行われて、1000人とか1万人というレベルのデータベースが一般に公開される時代なり、本当に意味のある変異があったかどうかがわかるようになったという点で、NGSの意味は非常に大きいものだと考えています。
◆NGSのクリニカルシーケンスへの活用をお考えになったきっかけを教えてください
熊本大学で中央検査部という部署に携わるようになり、本当の意味での臨床検査というものが何であるのかということを、我々臨床検査に携わる者が考えて提示しなければと考えるようになりました。必ずしもたくさんのデータがあるということが、即ちクリニカルということではなく、出てくるデータが保証されたデータかどうか、我々が絶えず考えていく責任があり、そういうことを考えられる立場というのは検査部以外にはありえないと考えるに至りました。
また、遺伝子検査は臨床検査領域の他の部門と異なり、まだまだ十分な標準化がなされていないのが現状です。今後遺伝子検査の更なる需要増加が見込まれますが、これに及び事前に適切な使用方法を固めておく必要性を感じました。
上記を踏まえ、これまで行っていた研究としてのシーケンスではなく、だんだん一般的になりつつあるNGSを、実際の検査とつなぎ合わせて「真の意味でのクリニカルシーケンス」というものを実現してみたいと考えたのが導入のきっかけです。
◆レポートシステムを導入したきっかけについて
まず、検査部側の観点で、臨床検査はある一定の経験や教育を受けた人であれば、誰が行っても同じ結果を間違いなく出さないといけない点が大事なポイントで、誰かが居ないとデータを出すことができないという形を望みません。一方、臨床検査技師でNGSの使用経験が有る者、あるいはコマンドラインを打った経験のある者は限られています。必ずしもバイオインフォマティクスに習熟していない職員がほとんどであるなか、検査技師であれば一定のトレーニングさえ受ければ誰でも取り扱えるという、NGSデータ取得・結果報告基盤を作っておく必要があると考えたのが一つです。
もう一つは臨床側の観点も大事だと思っています。一般的にNGSのデータはなかなか読み取り難く、例えば変異率などが出てきたりしても、普段臨床をされている先生方には読み取りにくいデータだと思います。そこで、ある遺伝子変異の有無だけではなく、少しでもデータに厚みを持たせるために、理想的には治療方針や薬剤情報まで出すことができれば、臨床側にもとても役立つデータになると思うんですよね。
そのような必要性を感じていた時、SOP(スタンダードオペレーションプロセス)に従って行いさえすれば、シーケンス後のFASTQデータからレポートを作成し、臨床サイドにお返しすることが出来るアメリエフのレポートシステムを知る機会があり、導入に至りました。
◆熊本大学でのクリニカルシーケンス検査が開始されてからの姿をどのように想像されますか
クリニカルシーケンスというのは、気軽に誰にでもパッとお勧めするかというと、特に生殖細胞系列変異では遺伝の問題などナイーブな部分も含んでいるため、慎重に体制を構築する必要があると考えております。
NGSデータを出すだけではなく、カウンセリングを提供して、その後さらに患者様に何かの遺伝子の変異があるとわかった場合に、定期的なフォローアップを行うというところまで含めて、トータルパッケージとして「真の意味でのデータ」を提供していきたいと思っています。
逆にいうと、そういうところまで提供できれば、遺伝子の変異がある人に関しては、早い段階で病気の発症を見つけることが出来るようになる、あるいは早期に治療の介入が出来るようになるといったことで、健康寿命を延ばすことが可能になると思っています。
未病段階での診断や、早い段階での治療介入を可能にする基盤を、いろいろな診療科や地域と協力しながら、我々が中心となり一体となって整えていきたいと考えています。
インタビュー:2016年6月